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★ピロ子さま
「なーに、ため息なんてついてんですか」
背後から不意に声が聞こえる。職場の後輩。
何時でもにぎやかで、そのテンションには所謂「ジェネレーションギャップ」だの、
「付いていけないかんじ」だのを持ってしまうから、苦手としている。
だが、どういうわけかこいつは俺になついているらしい。
「しゅにーん。折角の男前が台無しですよ」
許可もしていないのに隣に座った奴の手には栄養ドリンクの小瓶がふたつ。
その片方を差し出しながら奴はニカっと笑って見せた。
「お前は、元気だなー」
何時だと、思っているんだ。
と殆ど尻すぼみに消えていった言葉を奴は聞き逃さなかった。
「何時って?4時?もうすぐ始発でますよー。それまでに帰れたらいいですねぇ」
プシっと軽い音を立ててドリンクの蓋を開ける。飲み干す奴の顔にも、うっすらと汗が浮いている。
「もともと、お前のミスだろう。何で俺が空調も切られた会社で夜明かしをしなくちゃならんのだ」
こんな時間まで、汗だくになりながら書類やモニタと格闘しているのも、
この隣で笑う野郎がそもそもの原因だ。そのくせ、ちっとも堪えた様子がない。
「なんでって・・・そりゃ、主任と一緒にいたいからにきまってるでしょー?」
奴はにやりと笑うと、顔を寄せて俺の汗を一滴、掬い取っった。
「うわ。しょっぱ。・・・ごちそーさまです」
奴は何事もなかったかのように自分のデスクに戻って、仕事を再開している。
その手元は迷いなく動いていて、とてもじゃないが、ミスをしそうな様子ではない。
大の大人になつかれても、頬を舐めるなんてまねをされてもちっとも嬉しくない。
俺は今夜何度目かの大きなため息を、ついた。
だが、不快でないあたり(俺の頭もだいぶ回らなくなっているな)と
どこかぼーっとした思考のなかで考えていた。
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