芸術の秋、食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋…
秋こそは恵みの季節だと木星は思う。
降り注ぐ日の光にさえも豊潤さを感じるのは愛しいものの傍に居るからかも知れない。
木星は健やかに寝息を立てる愛しい重みを肩に、言葉に出来ない充足感を心に感じていた。
スコーンと突き抜けるかのような豪快な秋晴れに、
思わず仕事を放り出し、地球を外に誘い出してしまった。
人工衛星が嫌な顔をするかと思いきや、見事な青い空に彼の写真家魂も疼くらしい。
意外なまでにあっさりとOKが出て、二人は紅葉も美しい秋の山に登ったのだ。
勿論、余計な荷物などいらない。
恵みの秋なのだ。山に分け入ればその恵みが諸手を挙げて迎えてくれた。
男らしい体格を誇る木星が先をゆき、
どちらかというと華奢で体力のない地球がついてゆくといった道中ではあったが、
やはり、地球のホームテリトリー。知識と案内は後ろから顔を覗かせた地球の役割だ。
野生のあけび、葡萄、食べられる木の実、途中で拾った栗は
ようようたどり着いた山頂で焼き栗にして美味しくいただいた。
勿論、渇いた喉は山清水で潤す。
登る道すがらの紅葉も美しかったが、
下山途中の見晴らしの良い場所から眺めた全山の紅葉はまさに錦絵そのもの。
下流に向かって流れてゆく川筋は、
舞い落ちた赤や黄色の落ち葉で彩られ、風流なことこの上ない。
二人はそこで立ち止まった。
足元を埋めるは一面の赤と黄、橙色の落ち葉の絨毯。
直に座り込んでも、積もった落ち葉が丁度いいクッションになる。
「ちょっと休憩していくか?」
「あ、うん。凄く綺麗だ…」
疲れてるんだろう?とは聞かなかったが、疲労感は見て取れる。
だんだん少なくなる地球の口数に木星はとっくに気付いていた。
率先して腰を降ろし、隣をぽんぽんと叩いた。微苦笑して地球がそれに従う。
「…地球と来れて良かったな」
「…そう…ありがと」
最後の方が掠れて聞き取りにくかったけれど、もう一度言わせるような子供じみた真似はしない。
それが木星なりの態度だ。
この満ち足りた空間に余計な言葉はいらない。
二人が一緒に居られればいい。
ざざぁっと風が吹いた。
二人を囲んでいたもみじが色づいた葉を二人の上に降り注いだ。
「美しいな………地球?」
傍らに座った男はいつの間にか目を閉じていた。耳を澄ませば微かな寝息。
それを知って知らずか、赤や黄色の山の飾りは、分け隔てなく音なく降り続ける。
碧い男の上にも。
髪や肩に掛かったそれを払い落とそうとして、木星は手を出し掛け、止めた。
思わず息を潜めたくなるほどの閑けさ。
もう少しこのままにしておこう。
この刹那の寧らぎが
永遠に続くといい。
TEXT 黒石 曜 様