フェンス

presented by 啓様

 

 

 

 

スラム街である。荒廃に満ちながら、執着心は異常なまでの街。

決して衛生的ではなく、住む人々はどこかギラついている。

都心部と同様、眠らない街。

場面は、大きな落書きがあるバイパスの下、設備はお世辞にもいいとはいえないが、

それでもコンクリートで敷かれたバスケット場。

青い髪をした青年が、使い古され、捨て置かれた茶色いバスケットボールを見下ろしていた。

真っ青な、瑠璃色の瞳がそれを眺め、蹴る目的ではないボールを足で掬い上げる。

それと同時に聞きなれた声が地球の水の髪を潜り抜けて耳に届いた。

「ああ、こんなところにいた」

木星が来た。相変らずの笑顔でフェンス越しに立っていた。

掬い上げたボールを軽くリフティングして手にもち、木星にはにかむように笑った。

それに木星は手まで振り返してやる。

「なんかやってよ」

木星がフェンスに指をかけて、電車の行きかう轟音の中、

まっすぐ声を届けると、地球は得意げに微笑んだ。

ゴールから離れた場所、もうひとつのゴールの下、木星のいる方向まで下がる。

地球がフェンスに寄りかかった。

木星が向こうのフェンスからこぼれた水の髪を食んだ。

口を離したと同時に、地球が走りこむ。

あたりに音を響かせて、ゴールしたまで走り、ゴール近く、高く飛び上がった。

けたたましい破壊音に似た音が聞こえる。木星は一人で拍手した。

地球は両手でゴールにぶら下がったまま、手を入れ替えて体を木星のほうへ向けた。

「ど?」

「凄いよ」

ぷらぷらぶら下がりながら地球が得意げに言う。

木星の返事を聞いてひとしきり満足すると、ゴールから手を離し、その場に尻を着いた。

足を伸ばして寝そべる。木星はずっとフェンスの向こうにいる。

右手をフェンスにかけて、こちらを見ている。

バイパスに阻まれて空が見えない。電車が通る轟音が体を突き抜ける。

「地球」

突然、木星が言った。

「こっちにおいで」

フェンスに手をかけたまま、変わらない笑顔で彼はいう。

地球は上半身を起こして、首をかしげた。

「なんで、木星が来ればいいじゃん」

何の気なしに言った。なれないことをやって、良く分からないがヘンなところで疲労してしまって、

そちらまで行くのが面倒だった、というだけだ。

しかし、木星は有無を言わせない。

「来い」

口の端を持ち上げた笑顔のまま、彼はそういう。

地球は一瞬瞠目したが、すぐに仕方なさそうに頭をかいて腰を持ち上げた。

両手を突っぱねて、乱暴にフェンスに手をかけ、何、というと、

「もっとこっち寄ってよ」

なんて注文までつけて、地球は軽く溜息をつき、突っぱねた両手を折り曲げた。

「何だよ」

呆れた顔をしてみせると、木星はフェンスに手をかけたまま、薄い笑みで言う。

「キスしよう」

「はぁ?」

「フェンス登れるだろ?」

「え、ちょっと待てよ」

「早くしろよ」

木星の言葉には容赦がない。そしてそんな言葉に弱い自分も自覚している。

地球は再び深く溜息をついてフェンスをよじ登った。

フェンスを越え、そのまま下に着地すると、

丁度木星が受け止めて、有無を言わせず口をふさぐ。

口をふさいだだけで、すぐに離すが、地球には衝撃的なことだ。

顔を真っ赤に染めて、木星の腕から離れると、

ひとしきり怒鳴りつけて木星の一歩前を歩いた。

木星は変わらない笑顔で、地球の家路の後を追う。

「なぁ、何しに来たんだよ」

「後を追いに」

そんなことをサラッと言ってのけてしまうので、地球は木星に完敗してしまう。

どうせ今日も勝てない。地球はそう思って肩をすくめ、そんな地球の後姿を木星が眺めた。

後には軽い痛みが残るばかり。