A vous serment - 君への誓い -

presented by Nor様

 

 

 

 

「ついに知られてしまいましたね」

 

木星以外の誰もいない、静まり返ったこの場所に木霊する

サティの声で、木星は天を見上げていた視線を声のした方向へ移した。

 

「いずれはバレると思ってはいたけどね」

「そうですか。・・・アースはどこへ?」

「怒って出て行ったよ」

 

少し困ったような声色で、木星は地面に視線を落として、

ふっとため息をついた。

 

地球を侵食し続ける愚かな人間達が騒ぎ立てるせいで、どこからか

地球の耳にもその話は届いてしまった。

 

———木星が彗星を引き寄せ、捕らえていた。

 

 

もう60年も前の話だ。

60年も前の話で、たった12年間のことだ。

 

そんな風に考えていた木星は、それを自分の口から伝えることはしなかった。

伝えるほどのことではないと思っていた。

 

 

”俺の大切な君に突っ込もうとしてた子を、俺が止めただけ。

そうしたら妙に懐かれて、中々離れてくれなくて・・・”

 

 

そう言おうとしていた言葉は喉元まで出てきていたのに。

 

『木星・・・俺に黙ってるつもりだったの?・・・ずっと?』

 

『・・・もしかして、他にもそういうことがあるんじゃないの?』

 

話を耳に挟んだ地球は、今にも壊れそうな程脆く見えた。

一度、内に燻り始めた疑心はそう簡単には拭い去れはしない。

 

泣き崩れてしまいそうな地球を見た瞬間、言おうとしていた言葉が消えた。

何も言えない俺にできたのは、唇を噛み締めて走り去る君を見送ることだけだった。

 

信じてもらえていないことへのショック・・・。

 

それとは違った妙な感情・・・。

 

 

君を守る為にしたことなんだ。

君を傷つけたくないから言わなかったんだよ。

自分のせいで人に迷惑がかかるのを嫌う人だから。君は。

 

俺が大切だと思うのは、今までもこれからも、ずっと地球だけだ。

 

—だから、地球を傷つける奴らは誰であっても絶対に許さない。

 

 

 

「自分が、憎いよ」

「え?」

 

木星がふと漏らした声は、消え入りそうな声でサティは一瞬耳を疑った。

聞いたことのないような弱々しい声。

 

過剰すぎなくらいいつも自信たっぷりで、独占よく丸出しで、サティの妨害すら

物ともしない彼のいつもの雰囲気ではなかった。

 

「地球にあんな顔をさせてしまった自分が。」

 

唇を噛み締めて、怒りも悲しみも、そして涙さえも堪えさせて。

僅かに潤んだ瞳から目が離せなかった。

 

守りたいだけなのに

愛しているのに

 

あんな苦しそうな顔をさせる為に、黙っていたわけじゃないのに。

 

 

君のいちばん近くで、いつでも手の届く距離で、

地球の笑顔を守りたかったのは誰よりも

 

 

「・・・俺、なのにね」

 

 

また消え入りそうな声が、サティの耳に届く。

木星は立ち上がり、木に寄りかかるように立っていたサティを振り返る。

 

「地球を見ててあげてよ」

「・・・・・。」

 

そう言って、酷く寂しげな表情で微笑んで去っていった。

 

諦めなのか、別れへの覚悟なのか。

どちらとも取れる言葉のニュアンスにサティは何も返すことができずにただ、

彼の小さくなっていく背中を見送った。

 

 

 

本当は・・・

 

本当は今すぐ、君のぬくもりをこの腕に抱きたい。

 

目が覚めて、この瞳に光を迎え入れるよりも先に

恋しくて仕方がない君の寝顔を映して

 

闇に意識を沈める時、この世界の光を遮る最後の瞬間には

狂おしい程愛しい君の笑顔を映したい。

 

そう思えるようになったのは、君に出会ってからだ。

 

広い天に浮ぶ数多の星の中から、俺は君に出会うことができた。

この世界には余るほどの星達がいるのに、俺にはもう、

君しかいらないと思えるくらいなんだよ。

 

—例え俺が、君が出会っていく過程の者達に埋もれる日が来たとしても。

 

 

 

少しだけ自嘲気味な考えを巡らせながら木星はひとり帰路を辿る。

いつもなら妙に大人しくなった地球が隣を歩く道。

今日は、一人で。

 

ふぅ、とため息をつくとドアの前に座り込む人物に気がついた。

 

晴れ渡った空のようなセルリアンの髪。

膝を抱えてドアの前に座り込み、寒そうに身を縮めていた。

 

木星の足音に気づいたのか、びくりと肩を震わせながら勢いよく顔をあげると、

涙で潤んだエメラルドグリーンの瞳が木星を見ていた。

 

あるはずないと思っていた人の来訪に木星は戸惑い、立ち尽くすことしかできず

暫くはお互いに見つめ合う時間が流れた。

時間にしてみればほんの数秒。それでも木星には長い長い時間に感じられた。

 

木星の姿を確認して、立ち上がり服についた土を払うと地球は意を決したように駆け出して、

数メートル先に立ち尽くす木星をきつく抱きしめた。

 

「ち、・・・地球?」

 

かろうじて搾り出した声は、恋しい人の名を呟くだけで震えてしまう。

 

「・・・・・めん」

「え?」

 

その囁きは地球よりもずっと背の高い木星の胸に顔を埋めて、ぼそぼそと

呟かれたせいで、あまりよく聞き取れなかった。

 

「どうしたの?」

「・・・ごめんな、木星・・・」

 

背中に回された腕に力が入り、木星の服を握り締めている地球の手が

僅かに震えているのを感じとることができた。

 

「月が、理由・・・教えてくれたんだ」

「理由?」

「木星が、彗星を捕らえた理由」

 

 

『地球、木星がどうして彗星を捕らえて置かなきゃならなかったか、理由わかってるの?』

『そんなのわかんねえよ、もう・・・・・。』

 

 

『あの彗星を、あの時木星が捕らえてなければ、地球はきっと致命傷を負ったはずだよ』

 

 

『木星はね、青く輝く君を失いたくなくて、あの彗星を自分の領域へ招き入れたの。

普段は赤の他人に踏み込まれる事、いちばん嫌うくせにね。』

 

 

脳裏には、自分が木星に言い放った言葉ばかりが反芻されて、

地球は床にぺたりと座り込んでしまった。

そんな地球を見て月は地球と同じように床に座り込んだ。

くすくすと笑った月は、呆然としている地球の頭を優しく撫でた。

 

 

『謝っておいでよ。木星はきっと、君が来てくれるのを待ってるから』

 

 

 

木星は、自分の本心を悟らせない。

それでも最近はほんの少しだけ、表情が豊かになった気がした。

 

それが嬉しくて。

木星と自分の繋がりが深くなっていくことがもどかしい程嬉しくて。

 

嬉しくて、だから・・・

 

 

「昔、一緒に暮らしてる人がいたなんて、隠し事をされてることが・・・嫌だったんだ。」

「地球・・・」

「俺、・・・・・っ、・・・ごめん・・・」

 

地球は言葉に詰まって木星の胸に顔を埋めたまま、しゃくりをあげ始めた。

 

「ごめん・・・っ、木星・・・」

 

何度も、何度も。

繰り返し謝り続ける地球を木星はきつく抱きしめた。

 

「地球、”ごめん”はもういいよ。俺が望んでしたことなんだから。

だから、ね?ほら、泣き止んで。」

 

木星は地球の涙を指ですくい取った。

そして地球の瞼に、涙で濡れた頬に、キスをする。

 

「・・・地球、この先どんなことがあっても俺には・・・」

 

 

—地球だけだから。

 

 

 

耳元で囁かれたその言葉に、地球は真っ赤になって俯いた。

 

 

 

そのまま木星の部屋へ入り、夜の冷たい空気で冷えた地球の体を暖めて

うとうととし始めた地球をベッドへ運ぶと、地球は木星の手を握って眠りについた。

 

安らかな顔で眠りにつく彼の表情は、それを見つめている木星の眠りを誘った。

 

 

君よりも後に眠りにつくのはもう当たり前だった。

俺に見えているこの世界から、光を遮る最後の瞬間は、君の寝顔。

君よりも先に起きて、この世界に光を迎え入れる瞬間に共に映すのは、君の笑顔。

 

この先何があっても、地球の傍にいるよ。

変わらない日常が、いつか変化を迎える日がきても。

 

 

「君が俺を求めてくれるうちは、絶対に君の傍を離れない。」

 

 

—地球を傷つける者達から少しでも多く

 

俺は命をかけて君を守ると誓おう。

 

 

 

俺にとって、君だけが全てだから。

 

 

 

 

 

■fin■