君の笑顔

presented by 蘇芳 香 様

 

 

 

 

木星の家に呼ばれるとなぜだかいつも掃除をするはめになる。

俺は今日も彼に文句を言いながら掃除をしていた。

 

「なんでこんなに汚すかなぁ、もーっ!」

俺が雑誌をひとまとめにし、食事の後片付けをし、玩具をしまって、掃除機をかけているというのに、

木星は手伝いもせずにこにこと笑って俺を見ている。

自分の家なのだから自分で掃除しろって話だ。

 

もっとも木星がなにもしないわけではない。

 

仕事もするし、たくさんいる衛星の面倒も見ている。

俺なんか仕事も家事もサティが半分以上代わりにやってくれるから、

それに比べれば絶対大変な毎日だと思う。

この家を汚すのも基本的にちびっこ衛星たちだし。

 

判っているけど、俺って一応客だよなぁ。なんでこうして片付けしてんだろ。

 

俺も嫌なら汚い部屋で我慢していればいいんだろうけど、俺の家って基本的に汚すヤツいないし、

サティがこまめに片付けるからこういう部屋に慣れないんだ。

ついつい片付けを始めてしまう。

ふたりだけでいられる貴重な時間なのにな。

 

そんな俺の姿を木星はソファに寝転がったまま見ていた。

 

「木星も片付けろよ」

「うん。もうちょっとしたら」

 

なにが楽しいのか判らないけど、ずっとにこにこして、あてにならない言葉を言う。

いつだってそんなこと言いながら俺に全部掃除させるんだ。

 

掃除を終えて俺は勝手知ったる木星の家のキッチンでお茶なんか入れて

ソファテーブルに二人分置いたりする。

いや、ほら。一仕事あとのお茶って美味しいからなっ!

 

「お疲れ様。いつもありがとう。見違えた。」

木星がにっこり笑って俺に礼を言う。

この顔が見たくてついつい片付けてしまうんだよ。

俺だけの笑顔だ。

俺、今、絶対真っ赤だ。

こんな姿、絶対サティに見せられない。

 

 

 

そんなささやかな幸せを噛み締めた数日後。

俺は筑前煮がいつもよりも旨くできたから木星におすそ分けに行った。

予定なんて聞いてないけど、そこはなんつーの、こ、恋人? とか言う立場ならいいよな!

 

その途中で木星が彼の四大衛星のひとつエウロパと歩いているのを見つけた。

声をかけようと思ってふと手が止まったのは、筑前煮が三人分ないせいだ。

もうちょっと持ってくればよかった。

 

——出直そうかな……。

 

三人分持ってくるか、時間を空けてから木星のところへ行くか。

ちょっと戸惑っていると木星がエウロパを家へ招き入れた。

 

——いや、あの家だぞ。

 

いつ俺が行っても家は乱雑に散らかっている。

そこにエウロパ招くとか平気で木星やりそうだよな。

それはいくらなんでもあんまりだろう。

 

俺は木星の家の扉をノックした。

すぐに彼が現れて驚いた顔をする。

まぁ、約束していたわけじゃないからな。

 

「筑前煮をおすそ分けに来たんだけど、

 お前、あんなとっ散らかってるとこに客招いちゃだめだって!」

 

筑前煮を木星に押し付けて中に入ると、居間は普通に綺麗だった。

玩具も、本も、食べっぱなし、飲みっぱなしの食器もない。

ダイニングテーブルの一角にエウロパが座って、

その目の前には客用食器に入れられたお茶が湯気を立てていた。

 

「……あれ?」

 

俺の予想と全然違う。掃除するところなんかねーぞ。

 

「えっと……あの……地球さん、こんにちは……。

 お、多めにケーキ持って来たんで、地球さんもどうですか?」

 

ああ、エウロパがめっちゃ引いてる。

俺、いろいろやらかしちゃったらしい。

恐る恐る振り返って木星を見ると、筑前煮を持ったままニコニコと

もういつも通りの笑顔を見せていた。

 

「お、俺! お茶淹れてくる!」

「いいよ。地球は座ってて。お客さんにそんなことさせられないよ」

「え?」

 

いつも俺に掃除させて、片付けお疲れさんのお茶まで淹れさせている木星が変なことを言う。

俺が呆然と彼を見ていると、友情しか感じさせない雰囲気で

俺の肩を抱いてダイニングテーブルに座らせた。

そのまま筑前煮を持ってキッチンに木星は消えていく。

 

俺の向かいにはエウロパ。

お誕生席に木星のお茶とケーキ。

甘いものは苦手なくせに、ちゃっかり木星の分までケーキがある。

黒に近い茶色のチョコレートケーキだ。

光沢がきらきらと光ってその存在を主張している。

 

俺の向かいのエウロパはなにか困った顔をして落ち着かない。

できることならこの場から逃れたいって感じだ。

それは俺も同じで、二人して視線を彷徨わせる。

 

ふわふわとしたスポンジを生クリームで包んだケーキがエウロパの前にあった。

なんか……エウロパのイメージ通りというか。

俺がいなかったら、こんな感じの甘い笑顔を木星に見せていたのかな?

 

そんなこと考えると俺はますます腰が浮いてくる。

なにか急用を思い出したい。がんばれ、俺!

 

「はい。お茶とケーキ」

 

俺が脂汗流して答えを探していたのに、木星はあっさりお茶とケーキを持ってきた。

客用茶器と果物ベースのケーキだ。オレンジが瑞々しいその中身はきっとムースなんだろうな。

俺のイメージ……なんてわけないのは判っているけど、

なんか考えてしまうのは、エウロパのケーキも木星のケーキも彼らを現しているようだからかも。

 

他愛もないことを話ながらお茶とケーキをいただく。

甘酸っぱいオレンジは中のムースと一緒に食べるとちょっぴり苦味を感じた。

だから俺はさっさと喰う。

 

「ごちそうさま。んじゃ筑前煮も渡したし、俺、帰るわ! 

 あんま長居すると仕事途中にしてきたから、サティに怒られるし!」

 

俺は満面の笑みをして立ち上がった。

不自然じゃないかな? 大丈夫だよな。

いつもサティに仕事しろって言われているのはみんなよく知ってるし。

本当は暇だったから、木星の好きな筑前煮作ったなんて、俺が言わなきゃバレるわけない。

 

「そう。気をつけてね」

 

木星もにっこり笑って席を立つ。そして玄関まで見送ってくれた。

 

——違う……。

 

俺の腹の奥が疼く。

 

「また会いに行くね」

 

玄関で木星が言った。そして俺が外に出て、見えなくなるまで木星は見ていてくれる。

 

——全然、違う。

 

俺も木星が見えなくなるまで時々彼の家を見た。でも違う。

 

エウロパが「いや、こちらの方こそお邪魔したようですから……」とかなんとか言って先に帰るとか、

木星が「もうちょっといなよ」とか、そういう答えを俺は待っていたんだ。

実際お邪魔したのは俺だから、俺が先に帰るのは当然だ。それは判ってる。

 

——でも俺たち、恋人同士だろ……。

 

木星の家が見えなくなって、俺の目から汁が出てきた。

 

 

 

俺が部屋のベッドで寝っ転がっているとサティが様子を見に来る。

別に具合が悪いわけじゃないんだけどな。

でも起きてしまうと考えてしまう。考えると悲しくなるから寝る。

寝るのなら具合が悪いほうが都合いいので、俺は振りを続けた。

 

「木星から悪い菌でもいただいてきたのかもしれませんね。

 今から分析、解析して処置を致しましょう。 

 木星の除菌も忘れてはいけませんよね」

 

ふふふ……と笑うサティは心なしか怖い。怖いけど俺に向いてないので放っておくことにした。

 

帰ってから部屋でずっとこうしているのだけれども、サティは文句ひとつ言わない。

そんなに俺、酷い顔して帰ってきたかな? 

一応落ち着くまでひと気のないところにいたんだけど。

 

エウロパと木星があのあと楽しく喋っているかと思うと息が思うようにできなかった。

別にそれは嫉妬とかではない。

エウロパが木星を好きだとしても、木星は俺が好きだと思うし。

そうじゃないんだ。なにか……違う。

 

エウロパには掃除をした綺麗な家を用意し、お茶を淹れ、歓迎する木星がなんか嫌なんだ。

そう。歓迎されているのが羨ましいんだ。

俺はきっと歓迎されていないから部屋が汚くて、お茶は自分で淹れるんだろう。

 

彼にとって俺はもう歓迎される対象ではなく、普通の位置なんだろうな。

慣れちゃったとか、そういうのかもしれない。

そもそも俺、どこを取っても普通だし。

そういうのが木星にも出てきたのかなぁと思うと息苦しくなるんだ。

 

俺をもっと見てほしい。俺をもっと歓迎してほしい。俺をもっと特別にしてほしい。

そう浅ましく思う自分が嫌だ。

それに伴ってどす黒い感情が俺を占めていくのも苦しい。

心がどこかに縛られてぎゅうぎゅうと締め付けられる。

 

「人の一番になるのって、難しいよな……」

 

ぽつりと呟いた。

俺の一番は木星なのに、木星の一番にはなれない俺が情けない。

でもしょうがないとも思う。

努力はするよ。でも努力ではどうにもならないところもあると思うんだ。

特に——飽きるとか慣れとかってのはね。俺にもどうしようもない。

 

「私の一番はあなたですよ」

 

サティがまだ部屋にいることも忘れて呟いたようだ。

恥ずかしいけど、なんかとても気持ちが暖かくなってくる。

慰めの言葉だけれども、俺のためにそう言ってくれることが嬉しい。

 

ベッドの端に座ってサティが俺の頭をゆっくり撫でてくれる。

人の手の温もりがほしかった俺は、されるがままにゆったりと荒れる気持ちを

落ち着かせる時間を味わっていた。

 

そんな時、家のチャイムがなる。

 

——木星!

 

がばりとベッドから起きた俺の側でサティが「ちっ、病原菌め」などと吐いた。

それで俺はまたへなへなとベッドに戻る。サティは俺の代わりに玄関へと行った。

——サティに門前払いされちまえ。

 

木星はそつない行動が得意だ。きっとフォローに来たんだろうな。

でもそんなフォローとかいらないから。俺がほしいのは木星の気持ちだ。

 

しばらくしてサティが戻ってきた。

 

「エウロパでしたよ。なんでも木星にテラフォーミングの話を聞きに行ったそうです。

 それをアースに言っていいものかどうか悩んでて、

 それでなんか変な態度をあなたに取ったんじゃないかって、言い訳に来ましたよ。

 あなたに伝えておきますとは言いましたが。

 あそこも液体の海があると言われているところですからね。

 テラフォーミングするにはもっともてっとり早いところではありますが……あ、アース?」

 

寝ている場合ではない。俺は起き出したままの姿で木星の家に向かう。

 

——テラフォーミング? 冗談じゃねーよ!

 

太陽系の中で唯一生命を抱きかかえるのが俺だ。

俺の唯一の特徴。唯一普通じゃないところ。

そこが覆されたら絶対に俺は木星に見捨てられる。

だって、俺のいいとこ、ひとつもなくなっちまう。

 

「もくせーいっ!」

 

俺が木星の家に殴りこむと、木星がにこにこしたままで迎えてくれた。

いや、なんでそんなににこにこしているわけ? 

もしかしてエウロパのテラフォーミング確定?

 

「どうしたの? そんなに慌てて」

 

余裕の笑みがなんかムカつく。

俺、めちゃくちゃ焦って、必死で走ってここまで来たのに。

おかげでなんかまともにいろいろ考えられないし、なにを言えばいいのかも判らない。

 

ただ俺の視線はエウロパと俺、木星がお茶をしたまま、その茶器が残っているテーブルに移った。

ああ、茶渋が気になる。

 

いや、今は茶渋じゃなくって。

木星にいろいろ聞かないといけないんだ。

でもなにを聞きに来たんだ、俺。思い出せない。

にこにこと余裕で笑う木星に腹が立つやら、悲しいやらだ。

 

「お……俺は……」

「ん?」

 

呼吸を整え、俯いてどうにか木星に聞きたいことを聞こうとしたけれども、

それよりも俺の感情が溢れ出す。

止められない。

堰を切ったように俺から言葉が爆発した。

 

「俺は通いの家政婦さんになんかなりたくなーいっ!」

 

なんか違うだろ、俺。そう思うけど、正直な気持ちだった。

言ってしまうと案外すっきりする。

 

木星はそんな俺の魂の叫びになにも答えなかった。

ずっと黙っているから俺は恐る恐る顔をあげる。

 

木星はまだにこにこと微笑んでいた。

俺と目が会うと近づいてきて俺を抱きしめる。

 

「ちょ……おまっ、人の話を……んっ!」

 

無理矢理上を向かされてキスをされた。

木星の舌がぬるりと入ってきて、俺の咥内を蹂躙する。

木星に暴かれた性感帯とか余すことなく刺激してくれた。

ああ、もう! キスで誤魔化されないんだからな。

 

「好きだよ……」

 

 

ほんの少し、まだ唇同士が触れ合う距離で熱い吐息を漏らしながら、木星が囁く。

だめだこれ、腰にくるよ……。

 

そっぽを向こうとした俺の両頬を、木星のその大きな手で押さえる。

そのまま俺の目を彼の視線で縫い止めた。

 

「君が俺のことをどのくらい好きでいてくれるのか、俺はそれが知りたい」

「そ……そんなの……」

 

俺が木星のこと大好きだって、態度で判ると思うけど。

好きじゃなきゃ家に来ないし、キスしないし、エッチだってしないし……。

 

「君が俺の世話をしてくれていると、愛されてるんだなぁって思うんだよ」

「え?」

「だから君が来る時におもてなしができない。そもそも君をお客にしたくないしね」

 

そんな理由だったのか! と俺が感激すればいいんだろうけど、やっぱり俺だって歓迎されたい。

いや、そうじゃなくって。そういうことで愛情を量るのはどうかと思う。

 

「それだけでそんなに必死になってここに来たわけじゃないよね?」

「ど……どうして?」

 

ああ、なんか見透かされているよ。

俺は自分が考えていることをはっきり頭に思い浮かべることができないのに、なんでかこの人、

俺の頭の中判っているよ。

さすが太陽系第二位におっきいお方。

 

「うーん……なんとなく?」

 

ニコニコ笑って木星は誤魔化す。

こういう本心がいまいち判らないところが不安になるんだよ。

エウロパが人類を受け入れることができる懐の広い星になったら、

もしかしたらそっちになびくんじゃないかとか……そんな考えが芽生えてしまう。

引いては太陽系で唯一生命を抱えている星だから、それで俺のことを——ってね。

 

「本当は明日あたり、君の家に行こうと思っていたんだ」

 

木星は俺をぎゅっと抱きしめてきた。

本心が見えない木星を見たくなくて俺は彼の胸に逃げ込む。

顔を押し付けて彼のぬくもりからなにかを感じ得ようとしたけれども、やっぱり判らない。

 

どうしてエウロパが帰ったあとすぐじゃないんだろう。

どうして一晩待つんだろう。

俺をあんな気持ちのままにして平気だったんだろうか。

 

「でもね、君が来てくれるのを待ってた。愛されてるって思うでしょ?」

「……それなら、俺だって……俺だってそう思いたいっ!」

 

木星ばっかりずるい。

自分ばっかり気持ちを欲しがって——ってあれ? 

俺の気持ちが欲しいってことは……あれぇ?

 

俺がそっと顔をあげると、木星は俺だけが知っている笑顔を見せた。

あの、片付けが終わった時の笑顔だ。

 

「……くそっ!」

 

ふたりして気持ちが欲しいって言っているわけだ。

馬鹿みたいで、恥ずかしい。

俺は木星の腕の中から抜け出したい衝動に駆られる。

もうどっかに隠れてしまいたい。

つか、木星はなんで恥ずかしくならないんだろう。

 

「離せ……も、帰るっ! サティになにも言ってこなかったし……」

「ダメダメ。今回の来訪のおすそ分けまだもらってないし」

「おすそ分け?」

 

今回俺はおすそ分けを持ってくる余裕なんかなくって、手ぶらで来ている。

なにをおすそ分けするんだろうと首を傾げて木星を見つめていると、

唇が重なり、木星の手が俺の服を脱がしはじめた。

 

「ふぁっ!」

「いただきます」

 

木星の低く響く美声が一瞬だけ離した唇から漏れた。

 

 

 

 

ぐったりとベッドで横になった地球のさらさらとした髪の毛をそっと梳く。

あんまりかわいい態度を取るものだから、今日は抑えがきかなくて抱き潰してしまった。

明日あたりきっとサティが怒鳴り込んでくるだろう。

人工衛星に負ける気などまったくしないが。

 

地球は素直な子だ。

そこが彼の最大の魅力だろう。

生命を抱く唯一の星は、なんでも受け入れてくれそうな深さがある。

それはある意味俺もその一環なのではないかと思わせるところも含まれていた。

 

だから地球が俺の世話を甲斐甲斐しくしてくれることは、

彼にも言ったが愛情を確かめることができる。

 

だがそれだけじゃない。

最後の笑顔がとてもいい。

片付けた達成感と、俺のためにしたという満足感、

なにより俺に褒めてほしいという感情がだだ漏れなあの笑顔だ。

あれのためならわざと部屋を汚せる。

 

すやすやと眠る彼の寝顔がかわいくて、ついつい髪を梳くだけでは飽き足らず、

頬を撫で、抓み、瞼をなぞり——などしていたら地球が薄っすらと目を開けた。

 

「ああ、悪い」

「ん……喉、渇いた」

 

喘ぎすぎて枯れた声だ。

その彼にサイドボードに置いてある水差しから、コップ一杯の水を差し出す。

勢いよくそれを飲んでまたこてっとベッドに倒れた。

 

「……なぁ」

 

それでもすぐには意識を飛ばせなかったようだ。

俺にそっと——探るように声をかけてくる。

 

「エウロパって俺みたいな星になれるの? 人が住めるようになれるの?」

 

やっぱり彼の家にエウロパは言い訳しに行ったか。

まぁ、エウロパの前で「もしかしたら地球は誤解したかもね。ふふふ……」など微笑んでやれば

弁明に行くと思っていた。

そもそもテラフォーミングの話ならサティが一番詳しいというのに、

それを俺にしに来るってことは、地球に変な誤解をされたくないってことだ。

 

エウロパはそのままの星でいたがっている。

だけれども人類がそんなことを言っていることを詳しく知りたくもある。

ただそれだけだ。

だから地球を煩わせたくなくて俺に聞きに来ただけなのに、

それとは別にまた変な誤解をされたようで、慌てて地球の家に行ったわけだ。

 

そこでテラフォーミングという単語を聞いた地球がここへ慌ててやってくるといいな、

などと思っていたらやってきた。

据え膳だよな、これは。

いただかないわけがない。正直筑前煮よりはるかに魅力的だ。

 

「無理だよ。エウロパに人類は住めない。たとえ酸素があって、液体の海があってもね」

「なんで?」

「そりゃ、俺が発する——」

 

地球が目を輝かせてとんでもないことを言う。

あの、そんな言葉誰から教わったの?

 

正解は放射線帯だ。

俺の発する磁場が捉えた陽子や電子がエウロパを地球のような星にはしない。

エウロパは俺の磁気圏にすっぽりと覆われているのだから。

 

地球はその放射線を毒電波と誤った知識で覚えたのだろう。

そう。地球はとても素直な子だ。

 

「土星が言ってた! 

 僕のところまで毒電波が届きそうなんだよねって。

 だから僕まで黒くなるのかなぁって! 

 土星ってそんなに色黒だったっけ?」

思わず頭を抱えたくなった。

確かに俺の磁気圏は土星の公転周期にまで達しているけどなっ!

 

ああ、地球が物凄く真っ直ぐな目を俺に向けているよ。

 

「君は一度サティにいろいろ教わったほうがいいよ」

 

脱力した俺は引きつった笑顔をどうにか保ちつつ、それしか言えなかった。

 

FIN