独占欲

presented by 曲者様

 

 

 

 

木星は、大人だと思う。

だから、あれも全部付き合いでやってるんだ。

 

木星の家の窓から、地球はこちらに向かってくる木星と、
一緒に歩いている土星を見つめていた。

いや、睨んでいた。

睨むと言っても、ただ拗ねたような感じで、それほど険しい表情にはならない。

「なんだよ、へらへらしちゃってさ」

八つ当たりに、窓縁を軽く叩く。

彼から見える木星は、いつもの笑顔に変わりないのだが、
自分を残して外に出かけていった彼が、
昔からの馴染みとはいえ土星に笑顔を向けているのが気に入らないのだ。

 

朝起きたら、隣に眠っていたはずの木星の姿がなかった。

その代わりとでもいうように残されていた一枚の置き手紙には、
「家を出ずに待っていること」などと書いてあったのだ。

本当は黙って出て行った木星に腹も立ったし、
そんなの無視して自分の家に帰ろうかとも思った。

サティも待っていることだし、と。
だが、実際地球は木星に逆らえず、こうして待っていたのだ。

そこで見せつけられたのが、土星とのツーショット。

 

なんだよ、俺にはいじわるばっかするくせに、
土星には、あんな優しそうな顔ばっかりして。

 

起こしてくれさえすれば、一緒に出かけられたのに。
そしたら、隣を歩いてるのは俺だったのに。

 

そんなことばかりが頭をよぎる。

 

木星は、土星と別れて家に入ってくるかと思えば、
そのまま通り過ぎていってしまった。

 

嘘?!

 

几帳面な彼にしては珍しく窓に指紋が付くのも構っていられずに手を置いて、
視線で追いかけようとするが、彼らは死角に入ってしまい、
見えなくなってしまった。

 

「〜〜〜〜っっ」

声にならないうなり声を上げる地球。

 

何だよ!? 何なんだよ!!? 

俺には待ってろって言った(書いた)くせに、いつまで待たせる気なんだよ!!??

 

怒りを通り過ぎ、逆に悲しくなってくる。

木星にとって俺はその程度のものなのか。

書き置き通りに家で帰りを待っている俺よりも
偶然出かけた先で出会った土星の方が大事なのかよ。

悔しくて、悲しくて、唇を噛みしめる。

 

なんだよ。そっちがそういうつもりなら、もう待ってなんかやらねぇ!

 

いつの間にか手に握りしめ、ぐしゃぐしゃになっていた置き手紙を、
地球はさらに丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。そして足音荒く、玄関に向かっていく。

 

出口の扉を開けようとすると、その扉は先に外から開かれた。

「どこに行くの? ちゃんと手紙を見なかったのかい?」

微笑んだままの木星からそんなことを言われ、地球はムッとする。

「手紙なら見たさ。でも俺は家に帰るんだよ」

棘のある口調でそんなことを言う。だが、木星に変化は見られない。

「それはできないな」

「なんでだよ?!」

「俺が君を帰さないから」

そう言うと、木星は地球の腕を捕まえ、強引に引き寄せる。

油断していた地球は抵抗できず、
そちらへたたらを踏み、木星の腕に抱き留められてしまった。

「やだ、離せよ」

怒って、ではなく、いつものように恥ずかしがって腕の中でもがく地球に、
木星は楽しそうにクスクス笑う。

「跡がついてるのに、出て行くのかい?
 いつも誰かに見られるの、嫌がってなかったっけ?」

そう言われて、昨夜の行為を思い出し、地球は慌てて自分の首筋を押さえた。

押さえた箇所には、彼自身には見えないが、赤い花びらのような跡があるのだ。

「つ、つけるなって言ったのに!」

顔を真っ赤にして怒鳴る地球に、木星はやはり笑顔のままだ。

「あんなかわいい君を見せられて、我慢できるはずないだろ」

「かわ、かわいいとか言うな!」

恥ずかしさに、暴れようとする地球だが、
木星に押さえ込まれてしまい、身じろぎをしているだけに等しい。

そんな地球の耳に、そっと、低く艶のある声で囁く。

「できることなら、君の全身につけて、
  君が俺のものだってみんなに見せつけたいくらいだけどね」

「な、な、なっ!?」

混乱し、地球はうまく言葉を紡ぐことさえできなくなる。

 

 そんなんされたら、もう誰とも顔合わせらんねぇよ!

 

恥ずかしさに倒れそうだ。

すると、木星がぎゅっと、苦しいほどに地球を抱きしめた。

「そうすれば、君は恥ずかしくて他の誰とも会えなくなるだろ。
 そして俺だけのものになる」

まるで自分の考えを見透かされたような発言。

地球は、恐る恐る木星の顔を見上げた。

そこにはさっきまでの優しい表情は薄れ、深緑の瞳には暗い欲望が滲み出ている。

「できるなら、俺は君を、誰の目にも触れない場所に閉じ込めておきたいくらいなんだよ。

 君を人工衛星のもとに帰したくないし、君の内にいる生命にさえ、君を触れさせたくない。

 君の何もかもを、俺だけのものにしたいんだ」

そっと髪を撫でる、木星の手。

髪を梳かれている心地よさか、それとも本気とも取れる恐ろしい木星の発言か、
地球の背筋に、ゾクゾクとした悪寒が走った。

 

怖いと思う。でもそれ以上に、この男に征服されることに、快楽を覚えつつある。

 

逸らしたいのに、目が離せない。
文字通り、釘付けにされたように、射抜いてくる木星の瞳から。

 

「なんて、ね」

木星はふっと、明るい声を出す。

さっきまでの暗いものが一気に失われ、地球は安堵したように脱力した。

 

「で? どうして外に出ようとしたの?」

そう尋ねる木星の瞳は、優しさで覆ってはいるものの、支配欲を秘めて妖しく輝いている。

その目を見て、地球はゾクッとした。恐怖ではない、名前をつけるなら被支配欲か。

木星と結ばれるまでは、知らなかった自分の心の一部。

こうなると、もう逆らえない。

「だって……木星が土星と仲良くしてるし、そのまま、俺のこと置いてったと思って」

「ふーん、君も、妬いてくれるんだ?
 俺の一方的な感情かと思ったけど、試してみてよかったよ」

「試す?」

「君は、誰にでも優しいだろ。俺の気持ち、わかってくれた?」

言われて、自分の今までの行動を振り返る。

 

今でも火星やハレーと一緒にいることもあるし、
時折遊びに来る天王星やそのおまけのようについてきた海王星と談笑することもある。

太陽と月のカップルとは親しく接しているし、
ヴィーナスと水星にはいつものようにからかわれる。

そして何より、恋人の木星とではなく、
地球の衛星となったサティといまだに一緒に暮らしているのだ。

そんな地球を見つめる木星は、さっきまでの彼と同じ気持ちだったのだろうか。

 

「木星……俺……他の誰と一緒にいても、一番は木星だから……」

恥ずかしげに視線を逸らし、気持ちだけは伝える。

自分の、紛れもない真実の気持ちを。

「わかってる」

木星はひとつ、地球の額に口づけし、それから大切なもののようにそっと、
それでいながら強く抱きしめる。

「俺も、君が一番だよ」

「うん……」

木星の背中に腕を回し、地球は碧の瞳を閉じた。

自分より冷たい、木星の体温が心地いい。

たとえ彼の愛情表現がいじわるをすることで、自分にとって不本意だとしても、
ここが自分の居場所なのだと思える。

 

「でもね、言いつけを破る子にはお仕置きが必要だね」

いきなりの不穏なセリフに、地球は木星を見上げた。

「え? ……あっ」

さっと背中を撫でられただけで、地球の身体はビクッと跳ねた。

「本当に敏感だね。いじめがいがあるよ」

「や、やだ、木せ……やぅ……」

「そう? 身体は嫌がってないみたいだよ」

身体を密着しすぎたため、完全に捕らえられてしまい、
さらには愛撫のために地球の体からは力が抜け、逃げ出すことができなくなっていく。

弱い箇所を撫でる度に反応し、声を漏らす地球の唇に、木星は自分のそれを重ねた。

 

 

  君は知らないだろう。

  これまで、君が俺のものになるまで、どれほど我慢を続けていたか。

  どれだけ渇望していたか。

  そして貪欲な俺は、これからも求め続ける。

  決して、俺一人のものにはならない君を。

  もしかすると、純粋な君を何度も不安がらせたり、悲しませたりするだろう。

  それでも、きっと、やめることはできないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★おまけ(木星が何をしにいっていたのかという真相)★

 

「やれやれ」

木星が帰っていったのを見送った後、サティは苦笑しながら首を横に数度振った。

「アースも、大変な方に心を奪われてしまいましたね」

 

普段から笑顔を浮かべているのは木星もサティも同じ、
性格も落ち着いていて大人であるのも同じではあるが、
根本的に違うものがある。それは独占欲の大きさ。

 

サティとて地球の衛星になり、それでいて地球を想ってきた。

この人をこのまま自分のものにしてしまいたいと思ったこともある。

しかし、それはやってはいけないことだと、自ら禁じた。

そうやって見守っていた地球を、横からかっさらっていたのが木星だった。

 

悔しいとは思った。

だが、それで地球が幸せなら、それで構わない。

自分は彼の帰る場所であればいいのだ。

 

木星がやってきた理由。

地球の体調が優れないので、今日は帰宅は無理だと伝えにきたのだ。

 

実のところ、木星が地球を帰したくないので、
どこかにコトの跡でもつけたのだろうと、サティは推測する。

 

「本当に、困った方ですね」

 

木星に向けたものか、それともそんな人物を好きになった地球に向けたものか。

 

「では、私は明日疲れて戻ってくるアースのために、
できる限り仕事を整理しておきますかね」

 

そう言い、サティは家の奥へと戻っていった。

 

 

END