DEFECTS OF MEMORY

presented by 暦様

 

 

 

 

―地球side

 

 

 

「っ・・・うっ・・・」

この頭痛が始まったのは2週間ほど前。

何の前触れもなく急激な痛みが俺を襲い、

俺はその痛みに耐えられずいつも意識を失ってしまう。

けれど、これなら普通の頭痛だ・・・

問題は、目が覚めた時に頭の痛みと共に

俺の記憶が少しずつ失われて行ってるという事。

初めの一週間はまだ良かった。

日付や曜日が思い出せなくなったり、

何かを覚えるのが少し困難になったくらいだった。

それが8日、9日と月日が経つにつれて

親しくしていた惑星たちとの記憶が無くなり始め、

今はもう、皆の顔さえ思い出せなくなっていた。

そんな俺が今でも覚えているのは月と木星の二人だけになっていた。

思い出さなきゃいけないんだということは頭の中で分かってた。

 

でも、昨日まで友達だったはずの相手の名前すら

俺の記憶の中には残っていてくれない。

そして思い出そうとするたびにまた酷い頭痛が起こるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『地球大丈夫か』

 

 

薄れゆく意識の中、木星の声が聞こえた。

木星は俺がまだ覚えている友人の中の一人。

そして俺が初めて愛した人。

木星の声は心地よくて、この痛みを中和してくれる。

 

 

気持ちいい・・・

 

 

この声だけは忘れたくない

 

 

 

 

木星だけは

 

 

 

 

忘レタクナイ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―木星side

 

 

 

最近地球の様子が変だったことには気付いていた。

その原因が人間にあるということも。

地球だけが唯一生命を誕生させ発展させて来たことは誰もが知っている。

けれど何十億もの人間の感情が無意識のうちとはいえ

地球に流れ込んでいたとしたら。

その中に少しでも邪悪な想いがあれば、

それが地球の身体に悪影響をもたらす原因になるんだ。

この頭痛も、他人を疑い人を信じようとしない人間の汚れた感情によるものだろう。

ただそれが、こんなにも深刻なことだとは思わなかった。

初めの頃は1日おきに頭痛が起こって寝込んでいたのが、

最近では頻繁に倒れるようになり

痛みもどんどん酷くなっていると地球が言っていた。

そして目を覚ますまでの時間も少しずつ長くなっている。

今回も俺が少し買い物に行っている間に地球はまた頭痛に襲われていた。

なんでこんなにも無力なんだろう、

愛する人が目の前で苦しんでいるのに俺は何もしてあげられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて地球に会った時、穢れを知らない様子で無邪気に笑う彼を

泣かせてみたいという欲求にかられた。

青い羽をした彼を自分だけの物にしたくて、

空を飛ぶための羽を奪い鳥篭に閉じ込めてしまいたくもなった。

 

 

けれど今俺は切に願っている

 

 

どうか・・・笑うことを忘れてしまった彼が、

幸せに笑える日が来てほしいと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその願いを込めて眠っている地球にキスをした。

その時だった、伏せられていた睫毛が震え、

目蓋の奥に隠れていたエメラルドが光を取り戻した。

 

「地球、起きられるかい?」

 

地球は俺の問いかけに頷きゆっくりと起き上がった。

 

「・・・木星、俺また眠ってたの?」

 

地球の声に元気は無かった。

 

「あぁ、いつもより少し長かったけど具合はどうだ?」

 

俺は嘘をついた、彼が眠っていた時間は昨日の倍に近かったんだ。

 

「大丈夫・・・けど、俺また思い出せなくなった・・・

 銀色の髪の綺麗な人が・・俺のことを呼んでるんだ・・・・

 顔は分かるんだけど、名前なんていうのか分からな

 くなってた・・・っ・・」

 

地球の瞳から涙が溢れた。

どうやら地球は月のことも忘れてしまったらしい・・・

 

「ねぇ、木星・・・俺は、いつか自分のことも忘れちゃうのかな」

 

俺が何も言えずにいると地球はまた呟いた。

 

「大丈夫、もし地球が忘れてしまっても俺が君のことを覚えているから、

 絶対に思い出させてあげるよ」

 

身体を抱きしめてあげると地球は少し震えていた。

 

「・・・ありがと・・・・・・木星、

 俺・・その・・・実は・・いま抱いて欲しいんだけど、駄目かな」

 

俺は地球の言葉に耳を疑った。

 

「今は身体を休めたほうがいい」

 

「お願い・・・・・・苦しいんだ・・・キスだけでもいいから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―地球side

 

 

 

俺は現実から逃げたかった。

そして、俺が俺でいられる残り少ない時間の中で

少しでも木星と愛し合っていたかったんだ。

 

「口あけて舌だしてごらん」

 

木星は俺の我侭を聞いてくれた・・・

だから俺は彼の言うとおりに舌をだし木星を見つめた。

 

「可愛いよ地球」

 

木星の顔が近づいてきて、俺の舌は木星に絡めとられた。

 

「んんっ・・・あっ・・・・ふぁ・・・んっ」

 

木星の熱が俺のなかに流れこんでくるみたいだった。

 

「ぁっ・・・うっ・・・はぁ・・・ぁ」

 

舌を吸われ唇を甘噛みされると何もかもが溶けてしまいそうになった。

そして深く重なっていた唇はチュッと音をたてて離れていく。

 

 

「続きは地球が元気になってから。

 そろそろ夕飯の準備始めるから地球は休んでるといい」

 

そういって俺の頭を撫でると木星はキッチンへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

もしも今度頭痛が起きて意識を失ってしまったら・・・

このまま眠ってしまったら・・・

目が覚めた時俺は木星の事さえも忘れてしまうんじゃないか・・・

目覚めることはできないかもしれない。

 

 

こんな自分忘れて欲しい・・・

 

 

でもこんな自分だからこそ忘れて欲しくない――

 

 

人間のせいだと知った時、木星がそばにいてくれなかったら

俺は彼らを恨んでいたと思う・・・

だから、彼らにも大切な人を見つけて欲しい

木星を苦しめることは、十分分かってる・・・

でもどうしようもならない。

だけど、本当に好きだから、苦しまないで欲しい・・・

 

自分が自分でなくなるようで、

逃げてちゃいけないとわかってても逃げたくなる時がある。

 

死ぬのは卑怯だと思っても、どうしようもならないのなら

木星のことを忘れてしまうなら

死んでしまったほうが幸せだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、このまま時間が止まってしまえばいいと思って目を閉じた時だった。

 

「うっ・・・ぅぁ・・・あぁ・・・っ」

 

目が覚めてから1時間も経っていないというのに、

さっきとは比べものならないほどの痛みが押し寄せた。

 

このままじゃ・・・

 

「木星・・・もく、せ・・・」

 

俺は木星に会いたい一心でベットから這い出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―木星side

 

 

 

夕食の準備を始めてから40分ぐらい経った頃、

寝室からバタンと大きな音が聞こえてきた。

 

『地球?もしかしてまた!?』

 

なんともいえない不安を感じ俺は急いで寝室に向かった。

 

 

 

やっと安静に出来ていると思っていたのに地球はベットからおちて床に蹲っていた。

 

「地球!!おい、地球」

 

「はぁ、はぁ・・・木星、俺今度こそ目覚めたときには、

 木星のこと・・忘れちゃってると思うんだ・・・

 だから言いたいことが・・いっぱい有る・・・」

 

地球は弱弱しい声で必死に訴えてきた。

 

「無理するんじゃない」

 

俺は地球を抱き上げベットの上に寝かせた。

 

「でも、これで最後だったら、いやだからさ・・・・・・・聞いて欲しいんだ」

 

地球はそれでもなお、話を続けようとする。

 

きっと地球も怖いんだと思う・・・

記憶が・・・いろんな思い出が自分の中から消えてしまうことが。

 

「何でも、何でも聞くよ」

 

「もし、俺が木星のこと本当に忘れちゃっても・・・・

 俺が・・・俺じゃなくなっても・・・・もう一度・・・

 俺の事好きになって欲しいんだ・・・そうすば・・・

 きっと俺も、木星を・・好きになれると思うから」

 

地球はいつもなら痛みに耐え切れず意識を飛ばしてしまうのに、

言葉が途切れ途切れになりながら必死に話している。

 

 

 

きっと、

 

少しでも自分でありたいと願う気持ちが痛みと戦っているんだろう。

 

「分かった・・・分かったから・・・約束する、だからもう喋るな」

 

「・・・それと俺、みんなの事、少し思い出したんだ、

 まだ顔しか思い出せないけど・・・みんないい奴だったなぁって気持ちが、

 俺の中に・・・ある・・・・・・・・それに、今回・・・

 俺かなり力を消耗してるから・・・いつもより長く眠ってるかもしれないんだ・・・

 その間、人間が誤った道を進もうとしていたら、助けてあげて、欲しい・・・」

 

「地球何言ってるんだ、人間は・・・人間のせいでお前はこんな」

 

「そうだよ、・・・だけど、俺思ったんだ・・

 この病気の原因が、人間の邪悪な想いによるものなら・・・

 人間たちが・・少しでも幸せになってくれれば・・・

 俺の病気も治るんじゃないか・・ってさ、」

 

地球はこの頭痛の原因が人間にあることをだいぶ前からきづいていたらしい。

 

「分かった・・・俺もみんなも地球の味方だし、いつも側にいる。

 皆もきっと地球のためならいろいろ手伝ってくれると思う・・・

 だから今度、目覚めたら皆に会いに行こう。

 地球には思い出してもらいたいことがいっぱいだからね」

 

地球の手を握り励ましの言葉をかけると、

とても小さな力だったけど地球は俺の手を握り返してきた。

 

「ありがとっ・・木星・・・愛してるよ・・・んっ・・・」

 

感謝の言葉と共に地球は幸せそうな微笑を浮かべ俺にキスをしてきた。

そして地球はもう限界だったらしく体は力が抜けたかのように

ベットに吸い込まれ、規則的な寝息を立て始めた。

 

触れるだけの、だけどとても暖かい・・・

初めての彼から俺へのキスだった。

 

 

 

今まで俺は誰かの為に泣いたことなんて無く、自分は涙なんてでないと思っていた。

そんな俺が、今地球のために泣いている。

 

 

これが人を愛し愛されるということなのかもしれない・・・

 

 

そうだろ?地球

 

 

 

 

 

そして俺はいつ目覚めるか分からない眠りについてしまった地球の額にキスをした。

ただ報われたことは地球の寝顔がとても幸せそうだったこと。

 

 

 

 

 

地球

 

何日後か何年後か、もしかしたら何十年後になるかもしれないけど、

 

君がつぎに目覚めた時に俺のことを忘れていても

 

きみのエメラルドに俺を映してくれるなら、

 

俺はまた君を愛するよ・・・

 

たとえ何度忘れられようとも

 

忘れられた回数だけ俺も君を愛する

 

そして二度と俺の鳥篭から逃げられなくなるくらいに

 

君にたくさんの愛を贈ろう

 

 

 

 

 

 

だから帰っておいで

 

 

 

 

 

 

俺の青い鳥

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも待っているから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END