青いベンチ

presented by 乾闥様

 

 

 

この声が枯れるくらいに

 

君に好きと言えば良かった。

 

逢いたくてしかたなかった。

 

どこにいても、何をしてても・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ぁっ・・・ふ・・・もくせー・・・っ」

「地球・・・可愛いよ」

 

ベッドの上、シーツをかき乱しながらしなる細い背中が愛しい。

突き上げれば、熱い意気と共にあげる声にすら欲情する。

目の前に広がるスカイブルーの髪は大海原のようで。

潤んだ瞳は癒しを与える木々のようで。

染まる頬は、そう、桜のようだった。

 

「はぁっ・・ぅあ・・や・・///」

 

腰を退いてギリギリまで出せば、無意識かもしれないけど、
嫌だと言って蕾をキュッと窄め、奥まで突くと、眉を寄せて、それでも嬉しそうに嬌声をあげる。

 

卑猥な君。

先に『好きだ』といったのは、地球だった。

僕は、『嫌いじゃないよ』といって、微笑んだ。

 

君はホントウに一生懸命だったね。

好きじゃなくても言いから、付き合って、と。
震える手をかたくなに握り締めながら君は言った。
俺から目をそらさないで。その眼は俺の

 

心の、ずっと奥深くまで見てるようだった。

 

それから何度目かの逢瀬で、俺たちは体の関係を持って。
いつのまにか君は『俺の事好きんなった?』というのが
会ったときの最初の口癖になって、俺はそのたびに『嫌いじゃないよ』といった。

 

そして今日もまた、会って、遊んで、夕食をとって、セックス。

 

地球は生理的に涙を流しながら、懸命に俺を求めてくれた。
その健気な様子に、俺はだんだん惹かれていったんだけれど。

 

 

「ぁあっ・・・は・・・木星・・・もッ・・・」

「うん・・・俺も・・・っ」

 

荒い息を繰り返しながら、俺は地球の自身を扱く。

 

「やあっ・・ああーーっ・・」

「っ・・」

 

地球が俺の手の仲に吐き出したと同時に、俺も地球のナカで達した。
虚ろな眼が閉じ、そのまま眠ってしまったのを見てから、俺は自身をゆっくり抜いた。
ピクリと反応する地球が可愛いと思った。

 

 

 

惹かれていったのは、認める。

でも、まだ『好きだ』と言いたくなかった。

俺を求めて欲しかった。

『俺の事好きんなった?』ときいてくる君を見ていたかった。

俺はホントウに、一生懸命愛されている、と、
そのたびに感じる愛しさを味わいたかった。

 

 

「俺って性悪だね」

 

 

さらさらと指をすり抜ける髪で遊びながら、地球の唇にキスを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン!遅くなった!」

 

 

青いベンチに腰掛け、揺れるスカイブルーの髪に俺は、
眩しそうに目を細めながら手を振った。

「いや、俺も来たばっかだったから」

そういえば、ホッと安心したように眼が穏やかになった地球。
少し間をあけて座った君の横で、
身振り手振り表情を変えていろんな話をする様子を楽しんだ。

 

今はもう秋。

 

すこし肌寒くなった昼なのに、地球はいつものノースリーブの服を着ていて、
俺としては地球の白い柔肌が惜しみなく出されていて嬉しいんだけど・・・。

 

 

「地球、寒くない?」

 

 

俺は上に一枚はおっているのに、そんな生肌を出されて俺のほうが寒気を感じた。
だからそう聞いたんだけど、地球は困ったように笑って・・・

 

「大丈夫」

 

と言った。

 

「ちきゅ―――・・・」

「っ・・近寄らないでっ・・・!」

 

 

手を伸ばして、触れようとした指先が、とまる。

ベンチの端まで後退してしまった地球。それから、俺の指先までの距離。

近いようで、遠かった。

俺、なんか怒らせるようなことしたかな?

さっきまで笑顔だったのに。

 

胸のなかで渦巻く嫌な感じ。
中途半端な手を下ろして地球を見ても、いつもの笑顔を作る事が出来ない。

 

嫌になった?

ねぇ、俺の事、嫌になったのかな?

 

不意に脳裏に浮かぶサティの顔。

 

最近仲良いもんね、彼と。

 

ふつふつと生まれるもの。嫉妬と言うかもしれないね。
奥歯をかみ締めて、一瞬、君を睨んでしまった。

 

 

「そう・・・ゴメンね」

 

拒絶。

そう取るしかできなかった地球の言葉。
瞳を大きくする地球を視界の端に捕えながら、俺はベンチをたった。

 

 

「木星・・ゴメ・・」

「いいよ、別に」

 

俺の背の向こうで、地球が戸惑ってる事が手に取るように解った。
それでも地球を残して、俺はその場を去った。

 

 

 

 

―――好きなんだ。

 

―――君が好きで、好きで・・。たまらないんだ。

 

 

まだ言っていなかった言葉が、何度も何度も、胸の奥底で叫んでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、まだ眠る時間には早すぎるというのにベッドに横になって寝ようと試みる。
それでも地球の顔が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え寝付けない。

解ってる。

地球の事が気になって仕方ない事くらい解っていて、
早くこんな曖昧な関係を終わらせればいいのに、
今日の地球の拒絶が、蟠りになっていた。

 

地球は・・・いつもこんな気持ちだったのか・・。

 

『嫌いじゃないよ』

 

この一言を地球に言われたら、今の俺じゃ耐えられないだろうな。
もう、歯止めがきかないほど君が好き。
同じような気持ちの地球に、俺はどれくらい苦しい思いをさせたんだろう。

 

どんな気持ちで抱かれてたの?

どんな想いで俺を見てたの?

その笑顔の下で、どれだけ涙を流したの?

 

 

いてもたってもいられず、俺は家を飛び出した。

 

 

 

大人気なかった。

もっと心広く、君を包み込んであげられる腕が欲しかった。

 

 

 

謝りに行くよ。

そして・・・ちゃんと、君に伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「地球!」

地球の家に着いて、ベルを鳴らさないまま地球の部屋に入った。

 

 

 

――――!!?

 

 

 

地球はベッドに寝ていて、その隣にはサティ、
心配そうに見つめる先には、苦しそうに歪められた顔があった。

 

 

 

「地球・・・?」

 

 

 

サティはちらりと俺を見ると、忌々しげに舌打ちした。

 

 

「・・・アナタが・・・無理をさせるからです」

 

 

 

無理?

 

 

 

「アナタはっ・・・まぁ・・・しょうがないですよね・・・。
アースが好きになってしまったんですから・・」

 

 

何を言いたいんだ。

 

 

「傍にいてやってください。そのつもりで来たんでしょうから・・・」

「サティ・・・地球は・・?」

「・・・熱が・・今までに無いくらい高いんです。
 最近はそれでも低かったんですが、朝からこの状態が続いて・・、
 でも、アナタに逢いにいったんですよ」

 

 

そう言い残してサティは席を外した。

立ちすくんでいるわけにもいかず、俺はサティの座っていた椅子に座った。

地球はハァハァと息を繰り返しながら顔を赤くしている。

 

「地球・・・。・・っ!」

 

その頬を触って、驚いた。

触っていられないほど尋常じゃない熱さ。

ドクリと心臓が鳴った。

 

なんでこんなに高いんだ?

こんな状態で・・・俺に逢いに来たの?

ハッとする。

だから・・・だから地球は近づく俺を拒んだのか?

 

心配させない為に・・。

俺を思って・・・。

 

締め付けられる胸に、俺は手を握り締めた。

 

何で気付かなかったんだろう。

何で気付いてあげられなかったんだろう。

 

 

 

地球温暖化・・・

 

 

それが彼を苦しめてる事くらい・・・ちょっと考えればわかることだったじゃないか!

 

 

地球の想いが切なすぎて、全身に力が入った。

 

 

「ちきゅ・・地球・・・」

 

うわごとのように呟いて、地球の手を取った。

熱くて、触っていられなくても、俺はその手を包み込んだ。

 

「地球・・・」

 

 

 

「・・・・」

 

 

見つめた先で、虚ろに開く瞳、綺麗なエメラルド。
焦点が自分とあったのを確認して、俺はゆっくりと、
彼が解るようにしっかりとした口調で言った。

 

 

「地球・・・さっきはゴメンね」

 

 

少し和らいだ瞳に、キスを送る。

ピクリと震えて、嫌がるように弱弱しく振る首だけど、
全然効をなしてなくて、俺は構わずに反対にもキスを送った。

 

 

「聴こえる?地球・・・」

 

 

一つ、瞬き。

聴こえてる証拠。

それすら愛しくて、目が熱くなった。

 

 

「俺ね・・・地球が好きだよ」

 

 

コロリと地球の眼から雫が落ちた。

ポタリと地球の頬に落ちる雫、それは俺のもので。俺も同じように、泣いていた。

 

 

「好きだよ・・・、地球が・・好きなんだ」

 

 

ぽろぽろと流れる俺と地球の涙が、お互いの視界を遮って、
霞む視界のなか懸命に地球を見た。

 

 

「また、一緒に出かけよう。いろんな話、しよう?
 ・・・熱が引いたらさ、たくさん愛してあげるから・・・」

 

 

そう言ったら、地球がおかしそうに笑った気がした。

 

 

「好きだよ、地球」

 

 

キスを唇に落とすと同時だった、地球が眠りについたのは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でも青いベンチに座って、この日の事を思い出すよ。

手を振って走ってくる君が、目に焼き付いて離れないよ。

 

 

あれから、何日たっても、何年経っても、地球は目覚めない。

 

 

息はしているのに、人形のように眠ったままだった。
毎日地球の家に行っては日が暮れるまで話し掛けたり、隣にいたり。そんな日々。

同じように毎日地球の家に来ては、早く目覚めてね、と声をかけていくほかの惑星。

 

みんな、君無しじゃ嫌なんだよ・・・。

 

 

風が吹く。

髪を撫でるように流れる空気。

 

 

『俺の事、好きんなった?』

 

 

地球が囁いたような気がした。

 

 

 

 

「好きだよ。昔も・・・今も・・・」

 

 

 

 

 

ああ、この声が枯れるくらいに、君に好きといえば良かった。

 

逢いたくて、仕方が無いよ。

 

君の笑顔が見たくて、恋焦がれるよ。

 

どこにいても、何をしてても。

 

ずっとずっと。

 

後悔と、切な願いが俺の胸を締め付けるよ。